友待つ雪
一月 第二週
明翔大の女子バスケ部には、正月に行われる伝統行事がある。今年1年の成功を祈願し、明治神宮に初詣に行くのだ。参加するメンバーは、来年度の入学が内定している新1年生を含むチーム全員。つまり、光やピンもそこに含まれており、上級生とセレクション生が面と向かって会うのも初めての機会となる。
「おはよ!ピン早くない?」
光とピンは集合時間の前に最寄り駅で待ち合わせていた。
「上手く時間にはまる電車がそんなにぽんぽんあってたまるか!こちとら田舎者のあんたの電車の時間に合わせてやってんだよ」
「よかった。今年も相変わらずピンはピンだね」
「あんたもゴメンの一言も無いんだもん。何か逆に安心するわ」
「この道真っ直ぐ進めば明治神宮だっけ?」
「そうだよ!っていうか、あれ?あんたこの辺の土地勘あるの?」
「事前にパパに地図持たされてんのよ」
光は父親に持たされた小さな冊子をリュックから取り出した。
「え?観光マップじゃん。ウケる。これ買って使う人本当に居るんだ」
ピンは腹を抱えて爆笑している。光は田舎者と言われたことと、駅で不意に注目を集めてしまったことに頬が赤くなるのを感じた。
「うるさいなぁ!ウチは結構過保護なの、前に話してたでしょ?」
「まぁ、確かにそうなんだけどおっかしくてさ。そういえば、あんた幼なじみ君はどうなったのよ?なんか年末辺りうだうだ言ってたでしょ?」
ピンは何でもズバッと聞いてくる。この辺は本当に拓巳に似ているのだが、同性であることと、変に茶化してくるところがない分、光は何でも打ち明けやすかった。
「あんまり相手にされなかった・・・かな?」
「うん?結局あんたは幼なじみ君のこと好きって事でいいんだよね?」
「うん・・・一応そうなんだと思う」
「なんだそれ!あんた女子かよ!?」
「そうだよ!ピンこそ何当たり前のこと言ってんの?」
「あんだけ度胸あるプレーしててそんな奥手なんて、あんたそんなキャラじゃないよ!?」
「う、うるさいなぁ。でも、一応私は大学決まってるけど、奏は今受験で一番大切な時期だし・・・なんていうか、どうしたら良いかわかんない」
「ダメだ。なんか今のあんたと話してるとめちゃくちゃ調子狂うわ」
ピンはわざとらしく大きなため息をついた後、退屈そうに携帯に手を伸ばした。参道に続く一本道は初詣に向かう人と初詣後に買い物を楽しむ人や家路に急ぐ人達でごった返していたが、ピンは歩きスマホになれているとでも言わんとばかりにすいすいと人混みの中に切り込んでいった。光ははぐれまいとピンの後に続こうとするが、進行方向から歩いてくる人に阻まれてなかなか上手くいかない。
「ねぇ、身長がない私たちの弱点と、逆に強みって何だと思う?」
ピンは携帯の画面を見つめながら背中越しに無機質に問いかけてくる。光ははぐれないように必死にピンを追いながら答える。
「え!?体格で劣るから、体の当たりでは競り負けるし、空中戦には弱い!逆に、スピードとか、ドリブルの低さで、翻弄できる!」
「自分のこと、わかってんじゃん」
ピンの声は少しイラついているようだった。
「え?なんて?聞こえない!」
声が発せられる方向が逆であるピンの背中越しの声は人混みと相まって光には非常に聞き取りづらいものとなっている。
「だから!あんた舞い上がってて自分のこと見えてないだけなの!」
大声とともに急に振り返ったピンの顔は紅潮していた。
「び、びっくりしたぁ」
「てか、あんたいつまで後ろくっついてくるつもり?横に来ないと話できないでしょ!?」
「ご、ごめん」
無茶苦茶だ。でも、これがピンなのだ。強烈な個性に、確かに好みはわかれると思うが、光は苦痛ではなかった。
「並んで歩くと皆の邪魔かなぁって思って…」
「光ー」
鈍く光るナイフの切先のように、ピンの声には鋭さがあった。光が初めてピンに名前を呼ばれてドキッとした瞬間でもあった。
「ここであんたが言う皆は、誰も私達に興味なんてない。肩がぶつかっても、伸び過ぎた街路樹の枝に肩が触れた、ぐらいの感覚なの。あんたはまだそうではないんでしょうけど。この街で暮らしていくためには今のあんたじゃ甘すぎるのよ」
「それはいくら何でも言い過ぎでしょ?ピンだから…」
「光ー。あんたは東京に遊びにきてるんじゃない。バスケでテッペン、取りに来たんでしょ?例えば最初のインカレ、ガードの枠が一つしかなかったら、私を蹴落とさなきゃいけないんだよ?今のあんたにその覚悟、あるわけ?今までの田舎の仲良しこよしのチームとは違うんだよ?」
正論だ。確かに、今までの環境とは、浅葱とは、何もかもが違う。両親もいなければ、奏も拓巳も今までのようにはいかない。それでも、友達がいれば、仲間がいれば何とかなると思っていた。そして、それがピンだと思っていた光にとってピンの発言は驚きであった。が、確かにピンの言うことももっともだ。東京という巨大な街は今眼前に現実として広がっており、その中で自分はどれ程ちっぽけな存在なのかをこの参道は教えてくれている。
「ごめん。そうだよね…」
「でも、バスケはバスケ、プライベートはプライベートだから、そこんとこよろしく。メリハリはきっちり付けたいだけなの。強く言ってごめん」
光はピンの少し困ったような笑顔に心底救われたような気がした。そうだ。ピンは、ことバスケに対しての情熱が強烈なだけなのだ。
「その上で、なんだけどー」
少しだけ改まったピンの声色に光は身構えた。
「今の話を少し前に戻すね?」
少し前?何のこと?バスケに関しての話題が強烈過ぎて光は自分の頭の中の記憶の箱をひっくり返す作業をしようとしていた。
「幼なじみ君のことね?」
「あ、あぁ!どうしたの?」
「だから!じゃあ幼なじみのあんたの弱みと強みって何なのか、って話よ」
「弱みは完全に幼なじみとしか見られてないってことかな?」
実際に自分で言葉にするとかなりヘコむ。
「じゃあ強みは?」
ピンは意地悪そうに微笑んでいる。時折、人と肩が強くぶつかることはあったが、人混みの中で歩くことに少しずつ慣れてきた。
「強み…ねぇ。パッとは思い浮かばないかな?」
「あー!ウザイウザイ。一丁前に恋する乙女の表情しやがって!だから舞い上がってるって言ってるの!ないわけないでしょ?」
「そ、そんなこと言われても、本当にわかんないって!」
「バッカじゃないの!?あんたは良くも悪くも幼なじみなのよ?幼なじみ君が受験でしんどいなら一番自然に近くに居られるのは幼なじみのあんたでしょ?」
「でも受験前に迷惑じゃ…」
「だ、か、ら!あんた!もっと自分勝手でいいんだよ!バスケでは良いセルフィッシュ、出せるでしょ?もっと自己中に、ガツガツ行かないと、あんたの話だから話半分だけど、幼なじみ君はイケメンなんでしょ?どっかの誰かに取られちゃうよ!?」
「うーん。そうなのかなぁ」
「本当にあんたって変なとこで頑固よね」
「頑固っていうか、本当にどうして良いかわからないんだって」
「よし。じゃあ、わかった。光、携帯貸して」
「え。やだ。絶対変なことするでしょ」
「しないから!貸さないんだったら、幼なじみ君に今すぐメッセージ送って」
「え?なんて?」
「そうね、『東京から戻ったら、一緒に合格祈願に初詣行かない?』とかは?」
「え。たぶん奏は行かないって言うよ。『神頼みはしない主義』とか言われかねないよ」
「はー。あんたって奴は、本当にわかってないんだね。まずはその奏君に意識させることが大事だってわかんない?」
「意識?」
「そう、意識。今のあんたは幼なじみでしかないの。それをちゃんと女の子として意識してもらうことが絶対に必要なの。例えば、幼なじみとして当然の行動を続けたとしても女の子としては意識してもらえないわよね?それが二人きりで初詣よ?これは幼なじみとして普通のこと?」