梅雨の月

六月 第四週

 浅葱西高の二回戦の相手は、同じ地区の強豪、豊泉だった。珍しく、日曜日がオフだった拓巳に誘われ、奏は市民体育館のギャラリーにいた。
「昨日は圧勝だったらしいな」
アイスキャンディーを頬張りながら、視線はコートに向けたまま拓巳が尋ねてくる。
「そうなんだ。知らなかったわ」
「は?お前が光の最後かもしれない試合を、観てないだと?バイトか?」
「いや、バイトじゃない。ってか何でも良いだろ」
「何ムキになってんだよ。まさかお前、女か?」
拓巳は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「そんなんじゃねぇよ。光からは初戦は大丈夫、変に緊張するから来るなって言われてたんだよ」
「ホントかよ。光ってそんなこと言うか?」
奏の発言は半分は本当で、半分は嘘であった。いつもは光から、大切な試合の前には日時と場所を聞かされる奏であったが、今回は知らされていなかったのだ。奏には、何となくその理由がわかっていたため、坂下とのデートが実現したと言ってよかった。
「とにかく、今こうしてお前とここに居るんだから、問題ないだろ?」
奏は早くこの話題から逃げたかった。
「そういえば、お前、光に唐澤になれって言ったらしいじゃん」
「そんなこと言った覚えはねぇぞ」
「光が聞いてきたぞ?どうやったら唐澤みたいに、背中で引っ張れるかって。そこでお前にピンと来たね。しっかし唐澤とは、修羅の道を行かせたな、奏」
アイスキャンディーの棒を咥えながら、拓巳が続ける。
「あいつ、相当頑張って、一人で色んなもん抱えてたよな、最近」
「あぁ。らしくはなかったな」
「でも、それが高校ラストに賭けるってことだよな、たぶん」
「あぁ。そうなんだろうな」
体育館に笛が鳴り響き、試合が始まった。
「勝てなきゃ、今日で終わりか。奏、光は勝てそうなのか?」
「あぁ。たぶん今日のあいつは大丈夫だ」
奏がそう言った刹那、光のドライブが決まり、浅葱西が先制した。
「お前ら、なんでこれで付き合ってねぇの?」
拓巳は、呆れたように笑っている。同じギャラリーにいた女子バスケ部員達も、数名振り向き、奏の顔をじっと見つめてきた。
「光は、そんなんじゃねぇよ。拓巳、お前みたいなもんだ」
「どうだかね」
拓巳はじっと戦況を見守っていた。
 接戦になるだろうとの大方の予想に反し、浅葱西はみるみるリードを広げていった。バスケットのことをよく知らない奏や拓巳の目から見ても、浅葱西の背番号一桁台の選手達、すなわち三年生を中心とするレギュラーメンバーと、番号が大きい三人、一年でメンバー入りした選手達は出色の出来だった。
「豊泉って、確か強いんだよな」
試合の後半になってもアイスの棒を咥えたままの拓巳が問いかけてくる。
「光が言うには、そうだな」
「マジで全国、いけんじゃねぇか、この出来」
「そこまでは、わかんねぇけど、手応えはあるみたいだぞ」
戦況を見つめる拓巳の眼はまるでフィールドに立つ選手のそれであった。
「光のチームだな」
奏は、黙って頷いた。妙に誇らしい気持ちになる自分が居て、頬が緩みそうになるのをじっと堪えながら、奏は浅葱西の二回戦突破を見届けた。
 その後、午後の試合でも順当に勝ち進んだ女子バスケ部は、翌週に行われるベスト8に駒を進めた。一つの山を越えた光達であったが、その表情からは、勝ち進んだ喜びや安心よりも、まだまだやれるといったある種、期待とももどかしさとも取れる、焦げ付くような感情を読み取ることが出来た。
「ひとまず、おめでとう」
試合が終わり、ギャラリーに顔を出した光に、スポーツドリンクをずいと差し出しながら拓巳が言う。
「ありがとう。でも今日は全然ダメだったなー」
ペットボトルのキャップを捻りながら光は反省の弁を口にする
「押してたじゃねぇか。ってか、そのドリンク俺からの差し入れだかんな」
「あんたバイトしてるんだから、当たり前でしょ?奏はいつも細かいなー。無駄な失点が多いのよ。オフェンスだけじゃ全国に行けない」
「お前達に奢るためにバイトしてんじゃないっつの。ってか全国って光の口から初めて聞いた気がするんだけど」
「もう口に出していいかなって。そして、そうしないと叶わないかなって」
「覚悟が決まったんだな」
拓巳はそう言うと大きく頷いている。
「高校最後の夏ぐらい、ギラギラしててもいいでしょ」
舌をべっと出して、光はチームメイトの元に戻っていった。負ければ次はない。負ければ二度と同じメンバーで練習を、試合をすることはない。このチームが世界で最高なチームで、時が止まってしまえば良いのに、と自身が所属するチームのことを愛しく思う気持ちも、それが叶わずに、絶望のどん底を味わう気持ちも、その両方を味わったことがある三人は、何とも言えない表情をしていた。
「これが青春って言うんだろうな」
どこか冷めた声で、光を見送りながら奏は呟いた
「何大人ぶってんだよ」
奏は背中にバシッと痛みを感じた。拓巳は子供のように笑っていた。