曇天模様

五月 第三週

「それでも今日の結果でしょ?いいんじゃないの?」
「結果論では、な。でも拓巳も馬鹿じゃない。どちらかと言えば合理的なリードをする。それに首を振ってストレートを投げ続けるって事は、どっちかだ。自分の実力をひけらかしたいか、先輩で正捕手である拓巳へのリスペクトが無いか。どっちにしろ良いバッテリーではないな」
グラウンドではグラウンド整備後、B戦、いわゆる控え組の試合が行われようとしていた。拓巳は、後輩キャッチャーと思われる選手にアドバイスを送っていたが、確かに表情は勝利後のチームの選手のそれとは思えないほど曇っていた。
「唐澤君と藤村君何か話し合ってるね」
クールダウンのためのキャッチボールを終えた二人は身振り手振りをふまえて、なにやら話し込んでいるようだった。
「これが出来るのが唐澤なんだよ」
光は先ほどから、奏が唐澤という男の事をなぜ推すのかがわかってきたような気がしていた。
「確かに、チームに唐澤君が居たら強いかもね」
「光がそうなったらいいじゃん」
奏がグラウンドをまっすぐ見据えてそう言ったとき、光は自身の中で何かが変わったような気がしていた。グラウンドでは唐澤が藤村と拓巳とを交えて熱い議論を交わしているようだった。
「そうだね。上手く出来るかな?」
「それはやってみないとわかんないでしょ」
奏はゆるゆると笑っていたが、満足そうだった。

 ゴールデンウィークが終わり、学校が始まったが、奏が拓巳にこの前の試合の件に関しての話をすることは無かった。三人は、それぞれのペースで学校生活を送っていたが、拓巳や光は部活中心の生活によりシフトしていっていた。
「今週末から、トーナメントか」
昼食を兼ねた昼休み、いつもの三人で集まっている中、奏が拓巳に語りかけた。
「そうだな。夏の予選のシード校が決まるからベスト4には入っておきたいよな」
拓巳の表情からは焦りや悲壮感のようなものはなかったが、確かな覚悟が宿っているようだった。
「チームの調子どうなの?」
卵焼きを箸でつまみながら光も拓巳に問いかける。
「悪くはないよ。たぶんベスト4も普通にやればキープできると思う」
「ほーう。やっぱ甲子園ベスト8は違うねぇ」
「奏、言い方が嫌みっぽいよ」
「まぁでも実際調子よさそうだよね。遠征もB戦以外無敗でしょ?」
「良く知ってんなぁ。光ってそんなにウチに興味あったっけ?」
「二年に野球部の彼氏がいる子がいるのよ。知りたくなくても話してくるから自然と耳に入ってきちゃうのよ。」
「え?マジ?誰だよ。俺、知らないぞ?」
「お前は昔からそういうのにはとことん鈍いんだよ」
拓巳は驚いていたが、二人は半ば呆れているようだった。
「女バスは?どうなの?」
「うーん。来週から県大会に向けたリーグ戦だけど、なんともね」
「入ってきた一年が良い感じって言ってなかったか?」
そう言いながら、拓巳は二つ目の弁当に手をつけていた。
「うーん。そうなんだけど、まだチームとして機能はしてないかなー。一足す一が二でしかないというか。」
「そっか。お互い残り時間少ないもんな。頑張ろうぜ」
「うん。お互いケガだけには気をつけようね」                      
奏は、微妙に拓巳の表情が晴れないことも、光が二週間前の悩みの中にいる表情とは違い、闘っている顔をしていることにも気付いていたが、敢えて何も言わなかった。正しくは、今がその時では無いことを心得ていた。
 その週の土曜日。隣町の市民球場で拓巳達は秋の県大会で敗れている朝倉高校とベスト8をかけて戦っていた。先発のマウンドは藤村が立っていた。奏はバイトが休みだったため、スタンドで戦況を見つめていたが、いつもと違ったのは練習前の光が隣にいたことだった。
「唐澤君、もう準備してるんだね」
「なんか感じることがあるんだろう」
三回の表、それも浅葱西の攻撃中に唐澤のウォーミングアップのペースが上がっているようだった。
「たぶん、良くないことだよね」
「うん。そうだな」
唐澤の表情からは焦りのようなものが滲んでいるように見えた。迎えた四回裏。フォアボールと味方のエラーで招いた1アウト2・3塁のピンチに、藤村は首を振った。
「チッ」
奏から無意識に出たであろう舌打ちが光の耳にはよく残った。次の瞬間、白球は快音を残して瞬く間にライトスタンドで弾んだ。まるで奏には打たれることが予測できていたようだった。
「唐澤君もわかってたみたいだね」
光は思わず、打球の行方を見送った後、唐澤の方を見たが、うつむいているように思えた。
「拓巳のバカが」
奏が誰よりも悔しそうだった。